神戸地方裁判所 昭和31年(行)8号 判決 1963年4月04日
原告 鶴田久雄
被告 西脇市長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、申立
(1) 原告
「被告が昭和三〇年一一月二八日原告の主張(二)(1)記載の各建物についてした公売処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
(2) 被告
主文同旨の判決
二、原告の主張
(一) 本件差押処分の違法性
(1) (処分)原告は、西脇市西脇二〇二番地において、昭和七年より輸出織布工場を経営するものであつたが、被告は、昭和三〇年九月二三日、原告の市税滞納額合計九二二、六五〇円の徴収のための滞納処分として、原告所有の左の各建物(本件差押建物)を差押えた。
西脇市西脇字萩ケ瀬二〇一番地上
一、家屋番号七六九番
(1) 木造二階建居宅上、下 各 四・五坪
(2) 〃瓦葺二階建居宅上、下 各 四七・二五坪
(3) 〃 〃 平屋建工場 一三三・八八坪
(4) 〃 〃 〃 〃 八七・五〇坪
二、家屋番号七七〇番
(1) 木造瓦葺平家建居宅 一九・七五坪
(2) 〃 〃 〃 物置 六坪
(3) 〃 〃 〃 居宅 二二・二五坪
(4) 〃 〃 〃 物置 四・三八坪
(5) 〃 〃 二階建倉庫上、下 各 一二・五〇坪
(6) 〃 〃 平家建物置 二・五坪
(7) 〃 〃 〃 〃 一坪
(2) (違法原因)
(イ) (督促の欠缺)原告は、昭和二四年分事業所得税について大阪国税局長に再審査請求をしていた。そして、昭和三〇年二月に至つて、原告主張のとおり、一〇〇万円の減額が認められた。
この間、被告は、その事情を熟知しており、また、原告が西脇市において資産家の一人に数えられるような人物であることも考慮して、右再審査決定をまつて右所得税の一八%にあたる事業税市民税額を確定、徴収しようとして、原告に対し、何ら督促をすることもなしに、暗黙に納税猶予を認めていた。
しかし、その後西脇市の担当職員が変つてからは態度が一変して、差押の要件である督促を怠つたまま突然、本件差押処分に及んだ。
(ロ) (著しい超過差押)本件差押建物は、固定資産税評価額によつても、合計四、三三三、〇〇〇円であり、時価では一七、三三二、〇〇〇円に及ぶものであつた。しかも、
(A) (市税延滞加算金額の否認)延滞加算金は、基本税の督促が発生要件であるが、督促のなかつたことは、(イ)のとおりである。
仮に、督促があつたとしても、その日時を否認する。
従つて、被告主張の徴税債権のうち延滞加算金債権は発生していなかつたのである。
(B) (時効消滅)本件差押処分の前提税額のうち、次のものの納期は、それぞれ下段記載のとおりである。
昭和二四年分 事業税附加税 六三、五七五円―二四年九月、一二月末
〃 不動産取得税 一三八、〇〇〇円 二四年一〇月末
〃 償却資産税 一九、四五〇円 〃 一一月末
昭和二五年分 償却資産税 一九、四五〇円 二五年二月末
〃 自転車税 八〇〇円 〃 四月末
〃 市民税一期 一一六、五九二円 〃 六月末
〃 〃 二期 一三六、五九一円 〃 八月末
〃 国定資産税一、二期各 三、六一〇円 〃 四月、七月末
これら計五〇二、〇七八円と、その延滞加算金は、遅くともその納期の翌日から、本件差押処分までに、昭和三四年改正前の地方税法一四条の消滅時効期間である五年間を経過しているから時効により消滅した。
それ故、本件差押処分当時、西脇市の原告に対する市税債権基本額は、九二二、六五〇円から、右時効消滅基本税債権を除いた四一九、八七〇円に過ぎず、それに対する加算金額は、多くとも二四万円を越さないから、合計六五万円余が問題となるのである。
(C) (交付要求による時効中断の効力の不存在)被告主張の交付要求は、昭和三四年四月二〇日の国税徴収法改正前の規定によるもので、原告にその通知をしておらず、その対象である国の差押処分が昭和三〇年二月二一日に解除されたため、遡及的に失効したので、それによる時効中断はありえない。
このように、六五万円余(被告主張どおりとしても一四三万円余)の税額について、本件差押建物を差押えたのは、著しい超過差押であつて違法である。
(ハ) (差押物件選定の誤り)原告は、本件差押建物以外に、衣類、書画などを除いても、時価合計一、六九六、一九〇円に上る多数の動産を所有していた。納税者に苛酷な執行を禁じる右改正前の国税徴収法の趣旨(同法一二条、一二条の二、一七条)から、被告は先ず、この動産を差押えるべきであつた。差押物件の選定が、徴税官吏の自由裁量に属するとしても、本件差押建物(その内には、原告の営業に不可欠な工場も含まれている)を選定したことは、裁量の範囲と限界を著しく逸脱したものである。
特に、その他の本件差押建物で、充分目的が達せられるのに、原告の営業に必要不可欠な操業中の工場をも差押えたことは、右改正前の国税徴収法一七条二号(現に、他に充分の差押がなされているのであるから、同条本文の差押禁止の条件としての他の物件の提供は不必要である)に違反する。
(ニ) (工場抵当法七条二項違反)本件差押建物の内には、昭和二三年三月二日に、備付の織機六四台その他機械器具九一台(評価額一一、三六八、〇〇〇円)について工場抵当法三条の目録の提出された抵当権設定登記がされている工場があつたのに、被告は、右登記の存在を知りながら、備付物件を除外して、工場建物のみを差押えている。これは、工場抵当法の趣旨に反し、無効である。
(二) 本件公売処分の違法性
(1) (処分)被告は、第二回公売期日である昭和三〇年一一月二八日に、前記(一)、(1)の建物表示一、(2)ないし(4)記載の各建物(本件公売建物)を公売に付し、入札者三浦賢三に対し代金一、六〇〇、〇〇〇円で公売決定をし、昭和三一年一月二〇日、同人から代金の納付をうけた。
(2) (違法原因)本件公売処分は、その前提となる本件差押処分が前記のとおり違法である以上、当然違法である。しかし、それに留らず、本件公売処分には、それ自体、次のような欠点がある。
(イ) (公売公告の欠缺)本件公売処分の公売公告は、被告名義でなされるべきであるのに、西脇市役所名義でなされているのであつて、それは法定要件を充足しない無効の公告である。
(ロ) (公売財産価格見積およびその公告の欠缺)被告は、本件公売に際し、改正前の国税徴収法施行規則二三条に反し、本件公売建物の価格見積を怠り、見積書の作成も、その公告もしなかつた。
被告は、一、三八七、〇〇〇円に見積つたと主張するが、もし、そのように見積つたとしても、それは、本件公売建物を取毀建物として見積つたものであり、無効の見積である。
また、被告は、第二回の公売期日の際に、見積価格を変更したと主張するが、これは、第一回の公売の代金不納入の故の再公売であるから、その変更の理由はなく、変更した見積は無効であるというべきであるから、結局、価格見積はなかつたといわねばならない。
(ハ) (公売物件選定の誤り)被告が、本件差押建物のうち、特に、原告が二四年間にわたつて継続操業中であつた工場、および男女工員多数が収容されていた寄宿舎という原告の事業の基礎をなしていた本件公売建物を選んで公売に付したのは、(一)、(2)、(ハ)と同じ理由で違法である。
(ニ) (公売の恣意的強行)被告は、原告の分割納税の申立をうけながら、地方税法により職権で徴収猶予をすべきであつたのに、公売を強行した。右法条に反するとともに、徴税権の乱用といわねばならない。
(ホ) (著しい超過公売)本件公売建物の固定資産税評価額は二、四七六、八五〇円(昭和二五年西脇税務署認定の資産再評価額は、六、六〇〇、一二五円)、時価は、九、九〇七、四〇〇円に及ぶ。これは、いずれも、原告の滞納税額を著しく超過する。
(ヘ) (工場抵当法違反)本件公売建物中の工場は、第一、(二)、(4)に述べたものであつて、備付物件を除外して工場建物のみを公売したのは違法である。
(ト) (入札欠格者に対する公売)落札者である三浦は第一回公売の契約者であり、正当の理由なく、その代金を納入しなかつたものであるから、前記改正前の国税徴収法施行規則二三条の二の三号の入札欠格者であり、しかも、入札保証金を正当に納入していない。三浦の落札は無効である。
(チ) (不当低価公売)本件公売処分の公売代金は、本件公売建物の価格に較べ、著しく不当に低額であるから違法である。
(三) 訴願手続
そこで、原告は、昭和三一年一月一九日、被告に対し、本件公売処分の取消を求めて、再調査を請求したが、被告は、同月二三日、これを却下した。そして、本訴提起当時、公売建物の解体作業が開始されたので、審査手続を経ることにより、原告は著しい損害を蒙むるおそれがあつた。
よつて、本件公売処分の取消を求めるため本訴請求に及んだ。
三、被告の主張
(一) 本件差押処分
(1) (処分)原告が、その主張の職業であり、被告が、市税滞納処分として、昭和三〇年九月一七日、原告所有の不動産を差押えたことは認める。但し、差押物件の表示は、
原告主張土地上、家屋番号
(イ) 七六九番 木造瓦葺平屋建工場 二二四・七五坪
〃 二階建寄宿舎 五七・二五坪 二階四七・二五坪
〃 〃 事務室上、下各 四・五坪
(ロ) 七七〇番 木造瓦葺平屋建居宅 二五・五坪
〃 〃 〃 二二・二五坪
〃 二階建倉庫 一五坪 二階一二・五坪
〃 平屋建物置 四・二坪
である。
(2) (適法性)
(イ) (督促)原告に対する本件差押処分は、昭和二四年分以降三〇年九月までの、事業税附加税、不動産取得税、償却資産税、自転車税、町(市)民税、固定資産税、保険税の総額一、一〇七、八五〇円に上る滞納に対するものとして行なわれたものである。原告が、その主張のとおり、国税の減額更正をうけ、その結果右市税が九二二、六五〇円となつたことは認めるが、被告は、昭和三〇年一〇月に至るまで、原告が訴願手続をとつていることは知らなかつた。しかも、原告の滞納市税のうち、国税額と関連するのは、町(市)民税と保険税のみである。従つて、納税の猶予を認める筈はない。また、督促は各市税の指定納期後、二〇日以内にすべて適式に行なわれている。
(ロ) (差押の非過重性)差押は次の(A)に述べるように総計一、四三八、七四〇円の課税債権のためになされ、七棟の建物に対して行なわれているが、登記簿上は二筆の建物なのである。そして、原告主張の固定資産税評価額、時価は否認する。本件の場合結果的には二棟の建物の公売で足りた訳であるが、公売の段階に至つて、どのような専門的評価がなされ、あるいはどのような価格で公売されるのか不明な差押の段階では、この程度の範囲の差押は許容される。例えば、家屋番号七七〇番の倉庫は、固定資産税の評価額は八七三、一八〇円となつているが、土蔵であり、強制公売にあつては殆ど無価値になるのである。
(A) (延滞加算金など)本件差押処分の基本税額は一、一〇七、八五〇円とされていたのであるが、その際、これに対する督促手数料、延滞金、延滞加算金を合計すると一、四三八、七四〇円に達していたのである。そして、昭和三〇年一一月に、原告の所得税の減額を知つて、基本税額を九二二、六五〇円としたのである。また、延滞加算金発生の要件である督促が適式になされていることは(一)、(2)、(イ)のとおりである。
(B) (時効消滅係争税額等)原告主張の各税種の額、納期は認める。
(C) (交付要求による時効中断)被告は昭和二九年六月二四日、原告所有不動産を差押えていた大阪国税局長に対し原告が時効消滅を主張する各税額の交付要求をしたから、消滅時効は中断した。右差押は、原告主張の頃に解除されたことは認めるが、右交付要求による時効中断の効果には影響はない。
(ハ) (差押物件選定の適正)滞納処分における差押財産の選択は、滞納租税徴収の確実性を目的とするものであるから、原告が、その主張のように、極めて多数の動産を所有していたとしても、数カ所に散在し、評価、換価に困難な、しかも原告から現実に提供されなかつた動産を差押えなかつたことは違法でない。
また、差押物件の選定について、原告からは何らの異議もなかつた。
更に、昭和三〇年二月に、小沢織布株式会社が、原告の滞納国税を支払つた後は、原告の工場経営の実権は右会社が握り、原告は単なる管理者として一定の給料の支払をうけて、右工場は、右会社の直営工場となつていたが、同年八月には、織物業界不況のため、右会社は操業を中止し、工員を解雇していたのであるから、差押えた工場、寄宿舎は、現に、その用に供されていなかつたのである。
(ニ) (工場抵当法違反のないこと)工場備付の織機類が、小沢織布株式会社の工場抵当の目的となつていたことは認める。しかし、これは形式上のことに過ぎず、原告は、昭和二六年一二月二〇日、右織機類を右会社に代物弁済として譲渡している。仮に、工場抵当の目的となつていたとしても、動産のみの差押公売は違法であつても、工場建物のみの差押公売は禁じられていない。しかも、抵当権者である右会社は、工場建物のみの処分を承認している。
(二) 本件公売処分
(1) (処分)被告が、原告主張のとおり、再公売において、三浦に対し、家屋番号七六九番の工場、寄宿舎を、代金一六〇万円で落札させ、その代金の納入をうけたことは認める。
(2) (適法性)
(イ) (公売公告)公売公告は、西脇市公告条令三条に準じ、西脇市役所前の掲示場において、適式になされた。
(ロ) (価格見積と公告)右公売物件について、被告は、西脇市固定資産評価委員越川忠兵衛に評価させ、工場を七七二、八〇〇円に、寄宿舎を七六二、八五〇円に見積り、最低公売価格として、公売公告と同じ機会に、同じ方法で公告した。再公売の際も、右見積を、工場六九五、五〇〇円、寄宿舎六八六、五〇〇円に、約一割を減額したほかは同様である。
また、見積価格の公告は、公売処分の適正、迅速、円満処理の担保として要求されるものであつて、公売処分の本質に関係がないから、その公告を求める昭和三四年改正前の国税徴収法施行規則二三条は訓示規定に過ぎないし、現に、本件公売価格は適正であるから、仮に、公告がなかつたとしても取消原因とはならない。
(ハ) (公売物件の選定の適正)差押物件のうち家屋番号七七〇番の四棟は、原告が住居として現に使用していたものであるから、(一)、(2)、(ハ)のとおり、現に、その用に供していなかつた工場、寄宿舎を公売物件として選んだことは、むしろ、原告の生活にとつて、有益である。また、原告は、被告の公売物件選定に何らの異議も述べず、工場、寄宿舎の実権を握つていた小沢織布株式会社も、その公売に同意したのである。
(ニ) (公売不猶予の適法性)原告が、分割納税を申出たことも、公売猶予を求めたこともなかつた。
(ホ) (公売の非過重性)公売財産の見積が(二)、(2)、(ロ)のとおりであり、現に一六〇万円で売却されているのであるから、公売は過重とはいえない。
(ヘ) (工場抵当法違反のないこと)(一)、(2)、(ニ)のとおりである。
(ト) (三浦賢三の入札資格)三浦賢三が第一回目の公売による代金を納入しなかつたことは認めるが、それには正当の理由があつたのであり、また、改正前の国税徴収法施行規則二三条の二は不納入者の再公売参加排除を被告の裁量事項をしているにすぎず、三浦を第二回目の公売に参加させたのは、被告の裁量権の範囲内の決定である。
(チ) (公売価格の適正)適正な評価による公売であるから、時価より低額であつたとしても、違法ではない。
(三) 訴願手続
原告が、被告に対し、その主張のように、再調査を請求し、被告がこれを却下したことは認める。
(四) 本件公売処分の取消は公共の福祉に反する。
仮に、原告主張のとおり、本件公売処分が違法であるとしても、公売手続は完結し、代金の一部は市税に充当されて市政の財源となり、公売物件は処分されて、原状回復の余地がないのであるから、旧行政事件訴訟特例法一一条一項の裁判を求める。よつて、原告の本訴請求は失当である。
四、証拠<省略>
理由
一、前提事実
(1) 被告が、昭和三〇年九月一七日、原告の滞納西脇市税徴収のための滞納処分として、原告所有であつた建物を差押えたこと(ただし、証人遠藤克の第一回の証言によれば、西脇市は昭和二七年四月に市制をひくまでは西脇町であり、右滞納税の中には被告主張のように西脇町税であつたものも含まれていることが認められる。また、右差押建物の本件係争処分当時の表示は、成立に争いのない甲第一号証、乙第一一号証によれば、被告の主張(一)(1)のとおりであることが明らかである。しかし、原告の弁論の全趣旨によれば、原告がその主張(一)(1)のように表示して主張する建物が右差押建物と同一であることは明白である。以下これを本件差押建物という。)
(2) そして、被告が本件差押建物のうち、家屋番号七六九番の工場と寄宿舎(以下本件工場、本件寄宿舎、総称して本件公売建物という)を(入札の方法による)公売に付し、その再公売期日である昭和三〇年一一月二八日に訴外三浦賢三が入札価額一、六〇〇、〇〇〇円で落札者となり、同人は昭和三一年一月二〇日その代金を完納したこと、
(なお、原告は、本件で取消を求める公売処分を右再公売期日になされたと主張し、被告もこれを認める。確かに、被告は右期日において三浦を落札者としたことによつて本件公売建物を三浦に売却する処分をしたものであつて、その限りにおいては、それに対する本件抗告訴訟提起の要件である訴願手続の法定期間の起算日は、原則として、右再公売期日を基準としなければならない。そして、本件係争処分の前提となつた地方税には、後にみるように、昭和二四年度のものも含まれていて、昭和二五年法律第二二六号の現行地方税法の施行日である同年七月三一日の前のものもあるのであるから、それ以前のものについての滞納処分に対しては、同法附則3によつて、昭和二三年法律第一一〇号旧地方税法の規定の例によるべきものとされているので、旧地方税法二四条二、三項、訴願法八条一項により処分後六〇日以内に兵庫県知事に訴願すべきである。そして、地方税法によるものについての滞納処分に対しては、昭和三四年の改正前の地方税法《以下単に改正前の地方税法という》三三一条((市町民税))、三七三条((固定資産税))、四五九条((自転車税))各二、六項、昭和二五年七月改正後の同法七二八条二、七項((保険税))により処分の日から三〇日以内に被告に対し異議の申立をしなければならないのである。ところが、次に示すように、原告は右再公売期日から三〇日以上を経過した昭和三一年一月一九日に被告に対する不服申立をしているのである。しかし、特に本件の場合、成立に争いのない乙第六号証、証人三浦賢三、棚倉光治((第一、二回))の各証言によれば、右再公売は昭和三〇年一二月二五日を代金納付期限として売却されたものであつたが、被告は、右期限の前日になされた三浦の申請を容れて納付期限を昭和三一年一月二〇日に延期していることが認められるのである。本来、代金納付期限は、旧地方税法二四条一項、改正前の地方税法三三一条、三七三条、四五九条、七二八条各一項によりその例によるとされる昭和三四年の改正前の国税徴収法(以下単に改正前の国税徴収法という)施行規則二七条によれば、その徒過によつて売買解除が義務づけられるのであつて、右の納付期限延期がなかつたとすれば、三浦は最初の納付期限までには代金納付をしていないので、右売買解除もあり得たのであるから、右延期は本来右期限の徒過により消滅すべき売却処分の効力を延長したもので、重大な効力をもつ実質的な行政処分の変更であり、訴願、異議申立期間の起算日は、右延期(変更)の時を基準となし得るものと解する。そして、原告が取消を求める処分も、納付期限の延期を含む一体的な処分としての趣旨のものであると考えるべきである。以下、これを本件公売処分という。)
(3) 原告が本件公売処分について、昭和三一年一月一九日、被告に対し再調査請求(改正前の地方税法に関する限り正しくは異議申立)をしたが、同月二三日、却下されたこと
(なお、原告は旧地方税法に関するものについて、形式上は兵庫県知事に訴願をしていないのであるが、訴願法二条一項によれば、訴願は処分庁である被告を経由してなされるべきものであるから、被告としては右再調査請求が改正前の地方税法に関するものに対する異議申立とともに右調査請求を、その形式上の宛名にもかかわらず、旧地方税法に関するものについての適法な知事への訴願をも含むものとして処理すべきであつたのである。そして、それにもかかわらず被告が自らその実体判断をして、その正当な処理をしなかつたことは、旧行政事件訴訟特例法二条但書にいう訴願の裁決を経ないことについての正当な事由とみるべきである。しかも、証人池沢安太郎の証言によれば、昭和三一年二月一六日には本件公売建物の取毀が始められていることが認められ、原告が本訴を提起したのは同月一三日であることは当裁判所に顕著であるから、それについては、旧行政事件訴訟特例法二条但書にいう訴願の裁決を経ることにより著しい損害を生ずるおそれがあつたものというべきである。)
は当事者間に争いがない。
二、本件差押処分の欠点の有無
原告は、本件公売処分の取消原因として、その前提となつた本件差押処分に欠点があると主張するので、以下、原告の主張に従つて順次検討する。
(イ) (督促の有無)本件差押(公売)処分の前提基本税額が、昭和二四年分以降同三〇年九月までの事業税附加税、不動産取得税、償却資産税、自転車税、市(町)民税、固定資産税、保険税合計九二二、六五〇円(ただし、昭和三〇年一一月の被告の更正決定による減額後のもの)であつたことは、原告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。原告は、これらのすべてについて督促がなされていないと主張し、原告本人もそれに副うかの供述をするのであるが、その供述自体、もし督促状を受取つておれば原告が弁護士に渡した筈であるのに、弁護士はそれを受取つていないから、原告は督促をうけていないと思うというに過ぎない。これに対して、証人棚倉(第三回)の証言により真正に成立したものと認める乙第一九号証の二、証人棚倉(第一回)、宇野潔、遠藤克の各証言によれば、被告は、右各基本税の各納期後二〇日以内に所定の督促をしたことが優に推認され、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(ロ) (差押の過重性の有無)
(A) (延滞加算金)その趣旨形式により真正に成立したものと認める乙第一六号証の二によれば、終局的に本件差押(公売)処分の前提徴税債権となつたものは、前記基本税の外、これに対する延滞金四四八、九〇〇円、督促手数料五〇〇円、延滞加算金四六、〇三〇円であつたことが認められる。
そして、原告は、督促を争つて、それ(による指定期限徒過)を前提とする延滞加算金債権発生を否定する。しかし、その額からみても大勢に影響はないのであるが、督促があつたと認めるべきことは前示のとおりであるから(なお、督促指定期限は乙第一九号証の二のとおり原則として納期後一ケ月である)、この点の主張も失当である。
(B) (時効消滅の有無)原告の主張(2)(ロ)(B)のとおり、基本税額のうち、昭和二五年八月末以前に納期の到来している税額が五〇二、〇七八円であることは当事者間に争いがない。従つて督促による時効中断の問題(改正前の地方税法一四条二項)、消滅時効期間の定を欠いていた旧地方税法によるものについての時効期間の問題を除けば、それらはすべて本件差押処分のなされた昭和三〇年九月二三日までの間に、改正前の地方税法一四条一項所定の五年の消滅時効期間を経過しているわけである。
そこで、被告は時効中断を主張し、成立に争いのない甲第一六、一七、二四、二五号証乙第一二号証によれば、原告は国税滞納のため、昭和二五年に、国から本件差押建物のほか本件工場内の機械類、その他の動産の差押をうけていたので被告は、昭和二九年六月二三日、大阪国税局長に対して、右時効消滅係争市(町)税を含め、当時の原告滞納税の交付要求をしたことが認められ、国の右差押が昭和三〇年二月一五日に解除されたことは当事者に争いがない。なお、乙第一二号証によれば、被告の交付要求は、改正前の国税徴収法施行規則二九条によるものとしてなされていることが認められ、旧地方税法二七条二項は国税徴収の例によるとしているのであるが、改正前の地方税法関係の交付要求は改正前の地方税法三三四条、三七六条、四六二条、七三一条に根拠をもつものである。しかし、その根拠規定の誤解は、実質的要件に差異はないのであるから、右交付要求の効果に影響するものでないことは勿論である。
そして、原告は、昭和三四年四月改正後の現国税徴収法一七五条一項三号、二項(改正前の地方税関係のものについては更に同様改正後の現地方税法一八条の二の一項三号、二項)が、改めて、交付要求について現国税徴収法八二条二項による滞納者への通知がなされた時に限り時効中断の効力を認め、交付要求にかかる強制換価手続が取消されてもその中断の効力が失われないと規定するに至つたことから、右改正前の本件当時の交付要求には時効中断の効力はないと主張する。しかし、交付要求にかわる参加差押(右改正後の現国税徴収法八六条、同じく現地方税法三三一条五項、三七三条五項等)の途が開けておらず、他面、交付要求を義務づけているところから二重差押が禁じられていると解する外のない前掲改正前の国税徴収法施行規則二九条、改正前の地方税法三三四条、三七六条(特に、改正前の地方税法では、交付要求をしないで差押のできるのは他に差押えるべき財産のある時に限られていた)等のもとにおいては、交付要求を、その対象となつた滞納処分が取消された後もそれ自体として換価手続を続行できるというような意味で、滞納処分そのものと考えることは許されないが、少くとも、滞納処分の一種として(法典上も例えば現地方税法では「督促及び滞納処分」の款の中に規定されている)、民法一五二条の破産手続参加に準じる時効中断の効力を認めるべきである。従つて被告の関与しない前記国税滞納処分取消も、その時効中断の効果に影響を及ぼすものではない。ただ、本件当時の交付要求には、滞納者への通知手続が法定されていないのが問題であるが、それも、そのような手続なしに換価代金から交付をうけることのできた当時の交付要求の性格からみれば、必ずしも、本質的な問題となるものではない。特に本件の場合、前認定のように、国の差押処分は極めて広範囲に行われていたのであり、しかも原告本人の供述によれば、原告も、滞納市税を支払わない気持でいたのではなく、国税の額について訴願手続をしていたので、それが解決したのちに市税も納入するつもりでいたというのであるから、原告への通知を伴わない被告の交付要求による時効中断を認めることは、原告にとつて、決して、不意打になるものでもないのである。
このように(旧地方税法関係のものも原告主張のように消滅時効期間が五年であるとしても)原告の時効消滅の主張は失当なのであるから、本件公売処分の前提となつた西脇市の原告に対する徴税債権は前記のように、本件公売処分当時において、合計一、四一八、〇八〇円であつたといわねばならない。なお、その外、乙第一六号証の二、証人棚倉(第三回目)の供述により真正に成立の認められる乙第一九号証の五によれば、本件滞納処分に対し、兵庫県から七七、四六〇円、兵庫労働基準局から一二、〇〇〇円をこえる交付要求のあつたことが認められる。
以上のとおりであるから、原告の超過差押の主張は、右徴収金一、四一八、〇八〇円(および交付要求金)に対するものとして本件差押が過大であるかどうかという限度で問題となるに過ぎない。そして、成立に争いのない甲第七号証によれば、本件差押物件の固定資産税評価額が昭和三一年一月現在合計四〇〇万円をこえるものであつたことが明らかであり、それらの実際の取引価格が特別の事情のない限りそれを超えるものであつたであろうこともわれわれの経験則上明らかであるといわねばならない。しかし、本件公売処分について後に検討するように、換価代金は、売却の条件によつては、固定資産税評価額を下廻ることもありうるのであり、しかも、例えば改正前の地方税法一五条一項の規定するように、地方公共団体の徴収金も国の徴収金に対しては先取特権を主張できないのであるから、確実な滞納地方税徴収のためには、右程度の差押をもつて、特に、本件差押建物の一部に対してのみ行なわれた本件公売処分の効果に影響するような違法性があるものと考えることはできない。
(ハ) (差押物件選定の誤りの有無)本件全証拠によるも原告がその主張のような動産を所有していたと認めることはできない。甲第二三号証はその成立すら明らかでない。また、仮に原告が甲第二三号証記載のような多数の動産を持つていたとしても、被告がそれを知つていたという証拠もなく、一般に、動産は(しかも多数であれば尚更)滞納処分手続も簡便でなく、その換価も容易でないのであるから、徴税の確実、迅速性の要請からも、動産を避けて不動産を差押えるのは当然であり、何の違法もない。
また、原告は、本件工場を差押えたのは改正前の国税徴収法一七条二号に違反するというが、条件付差押禁止を規定する同条本文は滞納者の選択つまり滞納者の請求を要件としているのであり、本件全証拠によるも被告がそのような行為をしたと認めることができないばかりでなく、かえつて、後に判断するように、原告は積極的に第三者を本件公売に参加させている程であるからこの主張も失当であるといわねばならない。
(ニ) (工場抵当法違反の有無)少くとも形式的には、本件工場が、その備付機械とともに訴外小沢織布株式会社のために工場抵当の目的となつていたことは当事者間に争いがないが、工場抵当法七条の規定(特に同条二項の反対解釈)から明らかなように備付機械を除外して本件工場を差押えることそれ自体には何の違法もある筈はない。
三、本件公売処分の取消原因の有無
(イ) (公売公告)原告は、本件公売の公告が西脇市役所名義でなされているから無効であると主張するが、もとより、公告名義人は正しくは改正前の国税徴収法二四条一項にいう収税官吏であるべきであるとはいえ、公売公告の公告名義人とされた西脇市役所なる表示が、西脇市役所に在勤する担当職員を指称するものであることは明白であつて、この表示をもつて公告の効果に影響するものというのは失当である。
(ロ) (本件公売建物の価格見積、見積価格公告の有無)改正前の国税徴収法施行規則二三条は、昭和三〇年政令第二二五号による改正によつて、同年九月五日以降は、公売に際して、公売財産の価格を見積るだけでなく、これを公告しなければならないとするようになつた。原告は、先ず、その価格見積も公告もなかつたと主張し、証人藤原哲次、国屋三木夫、杉本正、水沢達三、鶴田治雄はそれに副うかの証言をするが、そのうち、証人藤原は価格公告の有無を注意してみた訳でないというのであり、国屋三木夫は、西脇市役所の提示はみていないというのであるから、必ずしも決定的ではない。
そして、証人棚倉光治(第一、二回)、小畑勇(第一回)の証言により真正に成立したものと認められる乙第三、四号証の各二、および右各証言、証人三浦賢三、宮田菊二の各証言によれば、被告は、昭和三〇年一一月一七日、本件公売建物(および事務室)の再公売を公告した際、右建物の最低公売価格が、本件工場は六九五、五〇〇円、本件寄宿舎および事務室は六八六、五〇〇円である旨の公告をした(第一回の公売に際しては西脇市の固定資産税評価委員であつた訴外亡越川忠兵衛の評価に従つて前者を七七二、八〇〇円、後者を七六二、八五〇円として公告した)ことが認められ、これに反する(かのような)前記各証拠は右各証拠とくらべ措信できない。なお、証人内橋忠夫(第一回)の証言によれば第一回公売の際、三浦は他の入札者がいないのに右公告価格を超える一六〇万円で入札したことが認められ、成立に争いのない甲第五号証の一によれば訴外水沢は本件再公売の際、公告額を下廻る一三〇万円で入札していることが認められ、更に、証人棚倉(第三回)の供述により真正に成立の認められる乙第一九号証の四によれば、被告は、その公売公告と同一内容であると主張する乙第三、四号証の各一には買受契約保証金として見積価格の一〇分の一を納付させると公告したことになつているのに、実際には、見積価格ではなく入札価格の一〇分の一の納付を命じ、あるいは納付を受けていることが認められるのであるが、そのいずれも直ちに前記認定を動かすに足るものではなく、他に右認定を左右する証拠はない。
このように、被告は最低公売価格(改正前の国税徴収法施行規則二三条の要求するのは「見積価格」であるが、同規則二六条によれば、入札価格が見積価格に達しないときは再公売をすることができるのであるから、それを最低公売価格と表示することには格別の問題はない)の公告をしているのであるから、価格見積のあつたのは勿論である。
そこで、原告は右見積価格が不当に低いから無効であると主張する。なる程、見積価格が不当に低い場合にはその見積は違法であるといわねばならず、その極端な場合には見積もなかつたというべきであるが、元来見積価格の公告が要求されるようになつた趣旨は、入札価格の一応の基準を周知させることによつて多くの入札を誘引し、また公衆による監視をうけさせて不当に低い価格による売却を防止するにあると考えられるのであつて、その額の当否は後に公売代金額の当否と併せて判断するところであるが、それは、見積がなかつたとみられる場合は別として、そのために公売代金が不当に低額になつたというような事情の認められない限り、それ自体として公売処分の取消原因となるものとは考えられない。
なお、原告は、本件再公売が第一回公売の代金不納入のためであるという理由で被告が見積価格を下げたのは無効であると主張するが、もともと見積価格は、被告が各公売毎に合目的に決定するべきものであり、その見積価格そのものについて右に扱つたような問題があれば格別、そうでない限り、被告が見積価格を変更したこと自体には何の不都合もない。
(ハ) (公売物件選定の当否)原告は、本件差押建物のうち、原告の営業に供していた本件公売建物を選んで公売したのは違法であると主張するが、前に判断したように、その差押が適法である以上、その公売が許されないと解すべき理由はない。また、その当否の問題としても、原告本人の供述によれば、本件公売建物以外の本件差押建物の大部分は原告の居住用の建物であり、当時原告は他に住居をもつていなかつたことが認められるのであるから、本件公売建物を選んで公売したのは不当であるともいえない。
(ニ) (公売の恣意的強行の有無)原告は、被告が原告の分割納税の申立を無視して滞納処分を強行したのは違法であると主張するが、徴収猶予に関する改正前の地方税法一六条の二によれば、徴収を猶予するためには、同条各号に規定する事由があつて、しかも納税義務者に納入能力がない場合であることが最低限の要件である(更に裁量によつて決定される)のに、本件全証拠によるもそのような事情を認めることができないばかりか、証人棚倉(第二回)の供述によれば、原告が分割納付を申入れたことはないと認められ、また、後に判断するように、原告は、第三者に依頼して本件公売に入札させているのであつて、これは、原告に少くとも他からの借入などの方法によつて滞納税を一時に納付する能力のあつたことの証左に外ならない。従つて、この点の主張も理由がない。
(ホ) (著しい超過公売の問題)原告は、本件公売建物の価格が、原告の滞納税額を著しく超過すると主張するのであるが、本件公売代金一六〇万円は、西脇市の徴収金である前示一、四一八、〇八〇円に較べて著しく高額であるとはいえず、また公文書であるから真正に成立したものと認める乙第一六号証の一によれば、更にその他の交付要求金を交付した残額は九六、三二〇円であつたことが認められるのであつて、しかも、後に判断するように、本件公売代金は、それ自体不当に低いということができないのであるから、この主張も採用できない。
(ヘ) (工場抵当法違反の有無)成立に争いのない乙第七、一〇号証によれば、原告は、昭和二六年一二月二〇日、訴外小沢織布株式会社に対して本件工場内の機械類を代物弁済として譲渡し、以後、原告はその機械を借りて右会社のために賃織をする旨の契約をし、昭和三一年四月一九日には、右会社からの右契約を請求原因とする右機械引渡請求事件の口頭弁論期日に原告自ら出頭して、右請求を認諾していることが明らかであり、右認定を左右するに足る証拠はない。この事実によれば、もともと、問題の工場抵当権自体の効力は否定されるべきであるから、この点の原告の主張も失当である。
(ト) (三浦の入札資格)原告は、更に、本件公売建物を買受けた訴外三浦には入札資格がないと主張し、三浦が本件公売建物の第一回公売期日に入札しながら、その代金を期限までに納入しなかつたことは当事者間に争いがない。しかし、改正前の国税徴収法施行規則二三条の二によれば、たとえ、三浦が第一回の公売による契約を正当の理由なく履行しなかつたものであるとしても、被告が、その裁量によつて、再公売に参加することを拒まない限り、入札資格はあるのであり、原告の主張は右の裁量権不行使の問題と入札資格の問題とを混同するものである。しかも、証人水沢達三(第一回)の供述によれば、三浦が第一回の公売代金を納入しないで売買取消をうけたのは原告側からの依頼によるものでもあつたと認められるのであつて、原告には、この点を争う資格がないといわねばならない。
また、原告は三浦が公売代金を正当に納付していないと主張し、それは前記の代金納入期限延期の問題に関するものと考えられるが、改正前の国税徴収法が納入期限の延期を許さない趣旨であつたと考えることはできず、また乙第六号証によれば三浦の延期申請には正当の理由があつたと認めるべきであるから、右納入期限の延期、それによる三浦の納入に違法はない。
(チ) (公売価格の適否)最後に原告は、本件公売建物の公売代金一六〇万円が不当に低いと主張し、成立に争いのない甲第七、八号証によれば、本件公売建物の固定資産税評価額は合計二四〇万円を超え、昭和二五年に西脇税務署に提出した個人の減価償却資産の再評価申告による本件公売建物の再評価額が合計六〇〇万円に近いことが認められ、更に、証人植山忠司、中村照美の証言、鑑定人大森太郎の鑑定の結果によれば、本件寄宿舎は地上権があるものとすれば三〇〇万円程度、本件工場もその程度の価値のあるものであつたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。その限りにおいて、一六〇万円という公売価格は一見極めて低いようにも考えられる。しかし、本件公売は本件建物を有姿のまま、つまり法定地上権のつくものとして公売されたのではなく、証人内橋忠夫(第二回)、棚倉光治(第二、三回)、中村照美、植山忠司の各証言、現場検証の結果によれば、買受人が本件公売建物を移築して原告にその敷地(原告所有)を明渡すという条件で公売されたものであり、現に三浦は、その条件で本件寄宿舎を一〇〇万円で、本件工場の三分の一(ただし他の部分より新しいもの)を四〇万円で、他に売却し、その後、本件公売建物はすべて取毀され移築されていること、地上権がないとすれば右の売買価格は相当であることが認められる。右事実によれば、そのような公売条件の当否の問題を別にすれば、本件公売建物の公売代金一六〇万円は勿論、前に問題となつたその見積価格合計一、三八二、〇〇〇円のいずれも不当に低額であるといえない。特に、成立に争いのない乙第五号証の三、証人国屋三木夫の証言によれば、原告自身も積極的に原告の親戚にあたる訴外西口初太郎に依頼して、同人と相談の上、一四〇万円の入札をしているという事実が認められるのであつて、このことは、右の公売価格、見積価格の適正さを裏付けるものでもある。
そこで更に、右のような地上権のないことを前提(移築を条件)とする公売の当否について考えてみると、それと、そうでない有姿のままでの公売のいずれが原告にとつて有利であるかは一概に決することができず、また被告がそのいずれを選ぶかは必ずしも滞納者である原告の意思に従う必要はないのであるが、特に本件の場合、原告本人の供述によれば、買受人が本件公売建物を原告に賃貸しない限り、原告としては建物を収去してもらう方が利益であつたことが認められ、そのことは、前記のように、原告自身訴外西口が本件公売建物を移築を前提とする価格で買受けるよう積極的に工作していたこととも符合するのであるから、右のように本件公売を移築を条件として行つたことは適正であつたといわねばならない。
従つて、この点の原告の主張も失当である。
四、結論
以上のとおり、原告が主張する本件公売処分の取消原因はすべて認めることはできないのであるから、原告の請求は棄却すべきである。
よつて訴訟費用負担について民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 原田久太郎 桑原勝市 米田泰邦)